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エッセイ・お手紙など
“たま子先生のレッスン" from Y子
私が、たま子先生に出会ったのは、今から40年ほど前…。
「政礼さんのお嫁さんになる人はピアノの先生なんだって。」
子どもながらに、そんなうわさを耳にした。気がついたら、子ども達でぎゅうぎゅうのレッスン室でドキドキしながら、順番を待っていたのを覚えている。ほとんどの子どもたちは、ちゃんと練習して来ない。たま子先生に怒られる。・・・でも皆、たま子先生が好きで、なぜだか好きで、そのレッスン室はいつも一杯だった。
大きくなってだんだん遅い時間になったり、次の人との時間が空くと、たま子先生はミルクの入ったコーヒーを入れてくれた。先生の入れてくれたコーヒーは、特別の豆でもなんでもないインスタントコーヒーだったが、大きくなった組の私達には、本当においしくて、まろやかな憧れの「幻のコーヒー」だった。
先生は運転免許を取った。ある日、私は「高島屋へ行こう」と誘われた。裾に刺繍のある緑のロングスカートを履いた先生の助手席にいつものように座った。洋服売り場で気に入ったスカートがあった先生は、試着室へ入った。すぐに「ちょっと見て」と声がして私はカーテンの中へ顔を入れた・・・。なんと、持ち上げた緑のスカートの中から男物のらくだのももひきをはいた足が2本出ていた。「お父さんのももひきはいて来ちゃった。寒いからね。」大笑いしているたま子先生の足の先を見たら、おじさんのサンダルを履いていた。素晴らしきロングスカート!! 恐るべしロングスカート!! まだ恥じらい満開の私にはモーレツに恥ずかしかった思い出で、何でも隠す緑のロングスカートだけは忘れられない。
ある時期、先生はアルプスのナポレオンというケーキがお気に入りで、ケーキが食べたくなると「買いに行こう」と車を出し、私もいつもの様に助手席に座った。「はいっ!!」と、うす茶色の皮のぐるりとファスナーのある重くて大きなお財布を渡される。私は、そのお財布をしっかり持ってケーキ屋さんへ入り、ナポレオンを買い、先生の待つ車へと帰って行く。「お豆腐2丁ね」 「切手10枚ね」 その度、お財布ごと預かる。
初めはドキリとした「先生のお財布」だったが、こんなに重い大きなお財布を私に預けちゃうんだ!! 私、信用されているんだ!! 普通に過ごしていた毎日だけど、何だか大きなものにくるまれて大きな「自信」につながった。母が言う。「おまえは、たま子先生と会ってから大きく変わったね。感謝しているわ。」そう言えば、小さい頃の私はいじけ虫で、ひねくれて、可愛くなかった・・・。今はすごく可愛いおばあちゃんになった・・・、ハハハ。
もう一つ、思い出すと今でもお腹から笑えるものがある。ある一枚の写真。ランニングを着たおじさん。自分で作ったきつそうなワンピースを着た先生。可愛い女の子を二人、膝に座らせようとしているが足が太すぎて、ももからすべり台になって「お膝に座れない」。皆で淋しそうに空を見上げている悲しげな写真・・・・・。先生は、大笑いして見せてくれた。
たま子先生は大(お)っきい!!特に心が大(お)っきい!!だけど、関わった人、一人一人の事を忘れない。心から心配してくれる。誰より繊細!!
今は、ピアノのレッスン室はなくなったが、先生の家にはいつも沢山の人が集まっていて、笑って、泣いて、心からの素敵なレッスンを受けている。