決算特別委員会での質疑

はじめに

今回は私の質問を全文掲載します。文字が多くなりますが、ぜひお読み頂き、私の思いをご理解頂ければと思います。

総括質疑(平成30年10月02日)

小泉質問

この図は何か、わかりますか、子ども若者部長。

この図は、全国ではじめて子ども部が誕生し、そこでできた初めての世田谷区子ども計画の体系図です。

岡田副区長、中村総務部長、そして、子ども若者部長も、当時、子ども部にいたわけですから、何らかの形で、この子ども計画の策定には関わっているわけです。

この体系図は今考えると極めて特徴的です。

子どもの成長に従って施策が並べてあり、どのように施策が変わっていくか、施策と施策の関係は、子どもを中心にどのようになっているかがわかります。

区民が体系図を見ても、何が大事か、どのように子どもを育てていくか、子どもがどのように自立していくか、そのことがわかるのです。

それに比べて、現在の子ども計画の概念図、こちらですが、綺麗な花びらのようですが、よく見ると、結局、ただ、並べてあるだけ、何の思いも感じられません。

今の区政を象徴しているようです。

さて、当初の子ども計画ですが、中心に大きな柱があって、この柱は、「心豊かな元気な子ども」とされています。

そして、この右側に、緊急対応という柱があります。

黄色という色も象徴的ですが、この中に、児童虐待防止対策も入っています。

そして、この柱をめぐらして、矢印があります。

この矢印は何かわかりますか、子ども若者部長。

少なくとも、当初の子ども計画においては、児童虐待対策は緊急対応と位置づけられ、更には「子育てセイフティネットの整備」として「時限的サービス供給」として位置づけられていたのです。

区として、勿論、児童相談所は、必要です。

しかし、それはあくまでセイフティネットとしての役割です。

一番わかりやすいセイフティネットは空中ブランコのネットですが、いくらセイフティネットが完備したからと言って、空中ブランコがうまくなるわけではない、当たり前です。

問題の本質は違うのです。

そのことから、区の施策を対処療法から予防型に切り替えるべき、と申し上げています。

私は、施策を切り替えるべき、と言ったのに、区は、何を思ったか、従来の言葉の前に、「予防型」という言葉を付け加えたのです。

本当にびっくりしました。

予防型児童相談、予防型児童相談所行政を実現すると答弁されたのです。

言葉としても、理屈としても、変だと思わないのですか。

区がめざすべきことは、児童相談所が完備することではなく、児童虐待がなくなることです。

児童相談所を区が設置し、各地域の子ども家庭支援センターが役割を果たし、さらに日常は、児童館が相談機能も含めて地域の子育ての核になっていく、このような体制で、地域の児童虐待をなんとしても、なくしていく、そのような基本的方針が必要です。

改めて、副区長に児童虐待ゼロに向けた決意を伺います。

本庁舎整備問題について、人口問題の今後の変化に全く的確に対応できていないこと、将来のあるべき行政の姿を考えようともせずに、現状の問題点、例えば、会議室が足りない、机が足りない、といったことだけを問題とする、現在の検討チームの検討方法、手順に不信感を持ちます。

しかし一方、私は、議員として、設計会社に直接話を聞くことには反対しました。

結局誰が責任者であるのか、わからなくなってしまうからです。

問題は、区に、地域社会の将来にむけた理念がないことなのです。

理念なき区政に、対処療法型本庁舎を整備されてしまう、これが実態です。

将来に責任を持った、きちんとした庁舎整備への取り組みを行うべきです。

さて、区は、将来の人口増加に向けて、本庁舎の規模を大きくしようとしています。

これは大いに疑問ですが、地域社会全体では、高齢者人口、地域人口が増加することは間違いありません。

一方で、公共施設整備方針については、その配慮が全くないのです。

これは一体どういうわけか、と指摘したところ、この公共施設方針については、見直していく、と宣言されました。

当然のことと思います。

この見直しに当たっては、地域社会の変化と、区の取組みの変化をぜひとも、反映すべきなのです。

区は、このところ、区民利用施設の優先利用問題、区民センターの業務委託・指定管理者問題、新たな複合化施設での区民参加による運営問題など、それぞれに問題提起をされていますが、それぞれに別々の対応をされようとしていることに疑問を持ちます。

所管が違うから皆さんの常識では当然のことでしょう。

ところが、これは、区民からみれば、ひとつの出来事です。

地域で区民が公共施設とどのように接していくか、ということなのです。

区長は、住民参加型の公共施設運営を行っていく、とされていましたが、その実態が全く見えてきません。

複合施設を今後作っていくとは言っているものの、それらの複合施設は、各所管の機能の寄せ集めであり、縦割りは存続し、その一部が地域の区民の利用場所として提供されようとしているだけ、これでは、とても、区民参加型の公共施設運営をしていくとは言えません。

区は、地域の公共施設のあり方、運営について、根本的に考え直すべき時期に来ていると思います。

現在、各種公共施設において、最も区民参加、区民の主体的な活動が行われているのは、一部の区民センターの運営協議会です。

この運営協議会方式は、地域の課題解決にも貢献できる可能性を持っているものであり、実際に活動されていることもあります。

これらのことから、今、区の公共施設整備方針で、区民センターは新たな整備をしない、という考えを改めるべき、と申し上げたのです。

今後、公共施設整備方針を改正していくということですが、その前に、基本的な考えとして、区民センター運営協議会の方式を他の施設運営にも取り入れる、更には、区として、地域にある地区会館、集会所、区民センターなど、様々な、施設機能の位置づけを見直していくことが必要と考えます。

区は、地域行政制度を、本庁、支所、出張所まちづくりセンターの3層構造といわれます。

しかし、地区には、区民の日常生活があり、様々な区民活動があるのです。

今後の地域行政制度の運営に当たっては、地区レベルにおいて、「区民の様々な活動が区政を支えている」ことを、明らかにすべきです。

私は、歩いていける範囲内で日常生活が営めることを、まちづくりの基本においています。

世田谷区には、まちづくりの基本、理念がありません。

理念がないから、時として、行政サービスをコンビニでやってもらえばよい、ということになるのです。

こんなことを繰り返していけば、ふるさと納税どころではない、区民から、選ばれない役所となります。

「区政は、区民が担う」、そのことを地域行政制度の中で明らかにし、地域の公共施設は区民参加で運営する、日常の行政サービス、手続きは、地区の中心である、出張所まちづくりセンターで行っていただく、このことを明確にすべきです。

そのために、公明の高橋議員が、一般質問で、条例を作るべきと言われたことに賛成し、更には、地区の責任者として、管理職を配置することに賛同するのです。

これらについて、政治家としての区長、そして、実務の責任者としての副区長にお考えを伺います。

区民生活領域(平成30年10月05日)

小泉質問

総括質疑の中で、とうとう、宮崎副区長が、「児童虐待ゼロの地域社会を目指したい」との決意表明がなされました。

これは、政治家である区長が政治信条として言うこととは全く違う、実務の責任者が申されたことですから、区全体として真摯に向き合わなければなりません。

このことについて、後ほど改めて、取り上げます。

さて、先日の企画総務において、政策経営の担当者が、将来人口の変化に応じた地域経営のあり方を考えていく、と言われました。

で、その将来人口の変化の内容ですが、その担当者によれば、近い将来に、世田谷が100万人の人口になることだけを言われるのです。

このような認識でよいのでしょうか。

ピークを過ぎたある時期から、世田谷区は人口減少社会、それも、超高齢化少子化社会に突入することについて、全く、認識を持たないことについて、私は危機感を持ちます。

地域社会の大きな変化を将来的にわたり、考えていくこと、その視点が必要なのです。

その点から、庁舎整備担当の答弁の、人口減少になったら、その時に、考えます、というのは、余りにも無責任、信じられないことです。

私は、地域社会の仕組を、今後の社会変化も想定しながら、作り直していく、このことが必要という立場です。

区民センターの運営問題ですが、運営協議会が指定管理者制度のもとで、今後、引き続き運営を担っていくこととなったのですが、これは、運営協議会の活動を区が正当に評価したということです。

さらに、公共施設整備方針については、人口の変化に対応して見直していく、とのお話があり、では、区民センターの未整備地区については、今後、どのような対応をとって行こうとしているのか、伺います。

さらに、特に区民センターがひとつしかなく、更には、そのひとつが支所からは遠く離れていて、なんらの連携も図れない、北沢地域と砧地域は余りにもひどい状態です。

何らかの創意工夫はないのか併せて伺います。

この取組みには、当然のことながら、人・もの・お金も他の区民センターと同様に措置されることが含まれる、そうしないと、実際に区民が動けないわけですが、そのような理解でよろしいのですね、確認します。

今後、財源も少なくなる中で、今後の施設建設・運営にあたっては、複合化と共に、その中で、区民センター的機能を整備し、さらにそれを、運営協議会的方式で運営していくこと、このことを基本とすべきだが、お考えを伺います。

今年、区は 「地域コミュニティ施設の運用に関するガイドライン」を示しました。

その中で、地域コミュニティ施設の運用の見直しについて、施設の優先利用と、地区コミュニティ施設連絡会の設置のみを課題としたのです。

これは、課題の設定が狭すぎます。

条例においても、区民会館条例はともかく、区民センター条例があり、地区会館条例があり、その中で、区民センター、地区会館、区民集会所、ふれあいの家、敬老会館、高齢者集会所と、別々の、位置づけがなされているのです。

これらの見直しなしに、当面の優先利用であったり、これまでの運営協議会の評価と関係なく、地区コミュニティ施設連絡会の検討をすることが、地域社会に混乱を引き起こすのは、目に見えています。

今後、複合施設が増えることも考え、区民利用施設全体の体系を見直し、さらに、区民主体の運営方法を総合的に考え直していく、更には。この流れの中で、現在、別々に規定されている区民利用施設のそれぞれの条例を、ひとつの条例にまとめ上げていく、このことに、取り組む時期が来たと考えますが、副区長のお考えを伺います。

条例化にあたって、各施設の設置目的の違いを言われますが、区が出された、「地域コミュニティ施設の運用に関するガイドライン」では、定義として、「このガイドラインにおける地域コミュニティ施設とは、主に、地区・地域住民による福祉や見守り。防災等の自主的な活動の拠点として活用することが見込まれる集会施設等」として、区民センター、地区会館、区民集会所等を同じ位置づけとしているのですよ。

区民から見ても、同じです。一本化の努力を進めるべきです。

これまで、区は、3層構造を、本庁―総合支所-出張所・まちづくりセンター、という区役所の組織の問題として捉えてきたわけです。

ですから、これまでの答弁でも、3層構造を堅持する、ということの意味は、地区レベルの出先機関、出張所・まちづくりセンターを今後とも廃止しない、という意味で、お話されていました。

私は、この間、歩きまわれる範囲内で日常生活を送ることができることを、まちづくりの基本においています。

更には、これまで何回も申し上げているように、地域は、高齢化社会のみならず認知症社会にも突入してくるのです。

この地域社会の変化について、行政は的確に対応していかねばなりません。

先の総括質疑で、区長は「まちづくりセンターは住民にとって最も身近な区の行政拠点であり、フロントと言っていい場所である」と言われ、「身近な行政拠点であるまちづくりセンターが地域の核となって地区で生活される方々へのきめ細かな情報提供、支援を行うと共に、区民参加、参加と協働のもと、区民の自主的な活動をバックアップしていく必要がある」と言われたのです。

「必要がある」とは、よい言い方ですよ。

つまり、「今はできていない」、ということを区長自らが言われたわけですから。

さらに、「新しい時代にふさわしい地域行政制度をさらに構築する必要がある」と言われ、最後には「地域行政制度改革を行って参りたい」と表明されました。

言葉だけならば、誰でもいえます。

そこで、今回、区長の言われたことを、率直に、図にしてみました。

すると、こういうこととなります。

これまでの図では、本庁が、一番上にあり、その下に総合支所、さらにその下3層目に、出張所がある、こういうことでした。

しかし、これからは、まず、区民が主人公として存在している、これが現場であり、区政の原点として、ゼロ層目、そして、その区民を取り巻く、地区が1層目として、日常の区民生活を支える様々な施設機能があり、その中心として、新しいまちづくりセンターがあり、そこには、地区の責任者としての管理職がいる、公明党のご提案の通りです。

これらを支える地域の代表として、第二層に総合支所、支所長がいて、第1層の様々な施設機能が健全に働くよう、バックアップをする。

そして、第3層に、区役所本庁があり、区全体の方向性や政策、国、都との調整などを、議会のチェックのもとに、動かしていく。

これが、目指すべき、地域行政制度の姿だと考えますが、副区長のお考えを伺います。

区長あるいは区は、良い言葉を言われましたが、果たして現実を理解、把握されているのか、が問題です。

まず、区長は、「地区のまちづくりセンターが住民にとってもっとも身近な区の行政拠点となっている」と言われました。

現実にはなっていません。

今のまちづくりセンターは全く地区の身近な行政拠点とはなっていません。

言ってみれば閑古鳥が泣いているようなものです。

更には、区長は、全地区で、福祉の相談ができるようにした、といわれますが、その成果はどうなのでしょうか。

現場では、まちづくりセンターの隣に、あんしんすこやかセンターがあり、更には、社会福祉協議会の窓口もあるのに、なぜ、あえて、福祉の相談をまちセンでうけるのか、という疑問があるし、区民からすれば、区の言う、あるいは区長の言う福祉の相談という意味が全くわからない、という状況なのです。

福祉の相談窓口というのは、全く持って言い訳でしかない、このように感じられます。

全く、思いつき、対処療法です。

きちんとした判断、診察もしないから処方箋もないのです。

市販の風邪薬よりも、効き目が感じられません。

岡田副区長は、先日の総括質疑で、「地域行政制度は、地区での住民自治を実現するもの」と表明され、さらに、「今後まちづくりセンターが核となって地区、地域の児童館、区民センターなどにおける多様な活動をつなぎ、地区を中心とした参加と協働のまちづくりが進むようにしていきたい」と言われました。

さらに「まちづくりセンターの窓口業務等については、これまでのマイナンバー制度の検証を踏まえ、高齢者や障害者へのセイフティネットを視野に業務範囲を検討するという整理をして参りましたけれども、地域行政制度全体の議論の中でしっかりと検討していきたい、と思います」です。

しっかり見直していただきたいですが、ここで、「マイナンバー制度の検証」と言われました。

マイナンバー制度の導入の時に、そこにいる宮崎副区長は、何と言われたか、「マイナンバー制度の導入により、事務が簡素化され、現場を担当する職員が多くなる」と言われたのです。

今日は、あえて聞きませんが、制度としては、マイナンバー制度は、内部事務の簡素化により、現場に人材を振り向けるもの、という考えがありました。

その考えが一体どこへ行ったのか。

更には、支所の総合窓口です。

これは、総合窓口の名称に値しないではないか、と指摘すると、あっさりと、なんの通告もなく、くみん窓口と名称を改め、更には、総合窓口開設に当たっては、人員・経費の増加はない、と表明されながら、実は、バックアップ体制に膨大な人員と経費を使い込んでいる、という状況です。

ある関係者に伺ったら、あそこまで、バックアップ体制を充実させるならば、まちづくりセンター窓口で、手続きを受けて、バックアップセンターを使えば、事務と人員が分散でき、区民の利便性も良くなるのではないか、と言っていたのが印象的でした。

私は、地区レベルで実際にどのように人材が配置されているか、調べました。

驚くことに、1地区あたり70人以上の人材が配置されているのです。

私は、この人材を、再配置すべきと申し上げているのです。

新たな人材を投入すべき、といっているのではありません。

区長の言われるように、地域行政制度改革を行い、地区レベルで、人材の再配置を行う、それによって、地区の中心である、まちづくりセンターにおいて、行政事務を執り行うべきといっているのです。

このことを言うと、関係者は、一度、出張所は見直しをしたのだから、後戻りはできない、と言われます。

もとに戻せと言っているのではありません。

時代に合わせて、新たな仕組をつくり上げるべき、それが、これからの世田谷区政の仕事である、と思います。

「もうおねがい、ゆるして」という文章を残してなくなった5歳の目黒の虐待死事件についても、実際は、香川県の市から目黒区への転入事案であるのに、香川と東京都の児童相談所の問題とだけなっています。

では、転入された自治体の対応はどうだったのか、地域は地区はどのように、対応しようとしていたのか、全くわからない状態です。

転入された段階での、責任者がいないのです。

地区で、実際に、転入されてきた方々の情報がつかめません。

こんなことで、区の言われる「児童虐待ゼロの地域社会」が実現できると思うのですか。

転入区民の生活は、地区でこそ、始められるべき、地区で当初から、支えていくのが、地域住民そして、自治体の本質です。

ですから、転入事務も含めた総合的な対応を、地区の行政拠点で行うべきと申し上げているのです。

責任者としての副区長のお考えを伺います。

文教領域(平成30年10月12日)

小泉質問

地域の中で、学校長の責任、役割が、あまりにも大きくなりすぎているのではないか、という観点から、質問します。

このところ、大災害が続いていて、被災されたかたのご苦労は報道等を見ても大変なことだと感じられます。

しかし、報道が少なくなってくると、一般的に、もう大丈夫なのではないか、と思うこともありますが、実は避難所生活が続いているということも多いのです。

避難所生活はとても問題があり、その調整など大変なはずです。

そこで、区に、改めて、小中学校に開設される避難所の責任者は誰か、と聞いてみると、明確な答えがありません。

まず、総合支所長だという答えがありました。

しかし、これは、区政の責任者は、区長だということと同じで、実際には意味のないお答です。

おかしいのではないか、と申し上げると、今度は、災害発生が、学校業務時間中においては、学校長が、避難所開設までを行い、その後は、避難所運営組織に引き渡す、というお話でした。

学校運営と、避難所運営は、どのような関係になっているのか、なお心配となったわけです。

所管に、どのようになっているか、と伺っても、はっきりとしてお答えがないので、まずは、各学校の学校協議会の規約を調べました。

学校協議会の目的第2条には、「災害時における学校、家庭、地域並びに関係機関との連携の在り方の検討」とされ、第3条方針には、「本会は、災害時における学校、家庭、地域並びに関係諸機関との連携・協力を円滑に進めるための活動を推進する」とされ、第4条活動内容では「非常災害時における学校及び関係諸機関の役割についての協議並びに講習会、訓練等」となっています。

非常に多岐にわたっていますが、ではこれを行う、責任者は誰かというと、第6条に、会長は学校長とする、となっています。

問題は、学校長が、このようなすべての責任を果たすことができるか、ということです。

災害時には、地域の避難所運営組織に避難所の運営を任せるといっても、施設の管理者としての責任は残ります。

世田谷は、地域運営学校として、地域が学校運営に関与していく、先駆的な取り組みを行われているのですが、その取り組み姿勢は評価しますが、あまりにも、学校長に責任、仕事、調整事項などが、集中しすぎているのではないでしょうか。

更には、世田谷は、学校運営委員会―これは「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」上は学校運営協議会ですがーを各校に設置しているのですが、この運営委員会は、教育委員会の規則によれば、「その学校長は、委員長となることができない」とされているものの、委員会運営要綱によれば、「校長は学校運営の状況等について、適宜、運営委員会に報告しなければならない」とされ、更には「校長は、運営委員会が適切な運営を行えるよう必要な情報の提供及び説明を行うよう、努めなければならない」とされて、委員長ではないものの、ほとんど学校長が委員会運営を行いなさい、ということとなっています。

更には、学校を取巻く仕組みとして、学校評議員、学校関係者評価委員会、学校支援地域本部など、綺羅星のごとく、様々な仕組みが並んでいます。

その様々な仕組みが、世田谷区の特色であるといわれます。

それぞれの組織は、発足の段階で、それぞれの理由があり、良かれと思って作られたわけであるし、それに参加する区民も、この考えに賛同しているわけですが、逆に、全体から見てみると、あまりにも複雑で、果たして機能しているのか、整理できるのか、そして、災害時で言えば、大丈夫か、さらに、一番の課題は、学校長がこれらの組織運営に忙しすぎるのではないか、という懸念を持つのです。

私は、学校長には、まず、学校運営、それも、子どもたちの将来に向けた楽しい学校づくりに全力を注いでいただきたい、そのためには、現在、学校長が担っている、地域に関する事務等について、何らかの見直しを行う時期に来ているのではないか、と思います。

お考えを伺います。

この問題は、学校長の忙しさの解消ということ以上に、根本的な問題があると思います。

いくら、会議の位置づけや運営を見直しても、例えば、避難所運営について、区民組織に任せても、施設の設置管理者、責任者としての責任は免れませんし、そのための負担もあります。

地域の中での最大の施設の管理責任者が、学校長であることが、問題なのです。

これについては、少なくとも、災害時での避難所運営については、地域に任せることとなった段階で、区としても、新たな考えを採用したとも言えます。

地域に任せる、となった以上は、その避難所運営に関するトラブルや、施設利用にあたっての障害等についても、地域側が責任を持つ、ということとなるのです。

さらには、災害時にそのような対応をとるということであれば、平常時にも、そのための準備が必要なはずです。

地域の最大の施設、さらには、災害時の区民の生活を守る、という機能を、学校施設・建物が担っていく、ということであれば、当然、地域の責任者である、総合支所、支所長も学校施設の維持管理についても、関心を持たなければならないはずです。

日常は、知らんふりしておいて、災害時だけ、お願いする、ということはあり得ないことです。

また、世田谷の各学校は、地域開放の設備を整えてきています。

この地域開放の各種施設についても、その責任者は学校長であって、地域の区民は、それを都合よく使わせてもらっているだけ、ということは、おかしなことです。

地域開放施設についても、地域側が、一定の責任を果たすべきです。

このようなことから、私は義務教育としての学校運営の責任者と、地域での学校施設の管理責任者を、一人の学校長が担うということは、限界であり、見直しを考えていくべきと考えます。

一般論からすれば、施設の設置目的、法律上の位置づけ、さらには、補助金の問題など、引き続き、学校長、教育委員会が担っていくべき根拠が百も二百も出てくることは目に見えています。

一方で、教育委員会も何もやっていないわけではなく、例えば、「世田谷区立学校施設の開放に関する規則」においては、「学校開放により施設を利用させる学校の校長は、学校開放に伴う管理上の責任を負わないものとする」とされています。

学校長が、管理上の責任を負わない、という事は、では、誰が責任を負うのか、というと、この規則では、教育委員会が責任を負う、ということになっています。

これが現実的でしょうか。

大都市世田谷においては、区民に身近な行政-地域行政を目指して、施設の管理権限等を現場に降ろそうとしています。

しかし、教育委員会は逆に、現場の責任者である学校長の責任をはずし、教育委員会で管理しようとするのです。

私は、ここで、学校施設利用の責任を、学校長に戻せと言っているのではありません。

考え方の基本を改めて、施設の管理運営については、地域に移管する、ということが考えられてよいはずです。

世田谷独自の地域運営学校という言葉を発展させるならば、文字通り、学校の通常業務が終わった時間帯で、施設の管理運営を地域に任せる新たな仕組みの検討があり得る、と思いますが、お考えを伺います。

組織について伺います。

以前に、ある演奏会のポスターで、世田谷区合唱連盟という名称の組織がかかれていました。

これは、世田谷全体の合唱の方々の集まりであろう、と、連絡を取りたく、区の文化課に連絡先を聞いたのです。

すると、文化課は、その団体について、全く把握していない、わからない、というお答えだったのです。

これはおかしいのではないか、区立の小中学校では合唱コンクールなどが盛んであるし、区民の方々も合唱活動のグループがとても多いのに、そのまとまりである、世田谷区合唱連盟というものを、文化課は、全く把握していないのです。

花房生涯学習部長は、以前、区で、文化国際課長でおられたので、どこが所管と思うか、とお伺いしたいのですが、時間がないので、省きますが、結局、調べまわった後で、どこが、担当所管であるか、というと、なんと、生涯学習部の生涯学習・地域学校連携課が所管だったのです。

推測するに、社会教育担当に社会教育なり団体支援の担当があるので、例えば、合唱グループがその担当の支援を受けて、合唱連盟という全区的組織をつくり、そのまま、教育委員会所管の団体として活動してきた、ということだと思います。

それぞれの担当者が悪いと言っているのではないのです。

但し、このように活動が広がっていき、より充実した区民活動、また、話題となっている、2020オリパラ大会に向けて、レガシーづくりを行っていこう、などとなると、区民活動がより幅広くわかる、支援の仕組みもわかりやすくなっている、という区全体の取組みが必要だと感じます。

この観点から考えると、いわゆる生涯学習というテーマへの取組みが、バラバラで良いのか、と考えます。

一時期、区としても、生涯学習ということが大きく取り上げられ、全ての世代をつなぐ、生涯現役社会の実現への重要な仕組みとも期待したのですが、このところ、全く、前向きな取組みが見えません。

他の自治体では、図書館の運営も含めて、文化・スポーツ・生涯学習を一くくりにして、新たな組織を作り出し、活性化させていく、ということもあります。

花房部長は、先ほども申し上げましたが、区の文化国際課長でいらした、また、教育長は、以前、区の生活文化部長をやっておられた、その経験から、区全体の生涯学習を組織としてもひとつにまとめていく、ということについてのお考えをお伺いしたいと思います。